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昭和30年代の「環七通り」


このところ雨や寒い日が続いていて、あまり出かけていない。
そこで両親の写真アルバムを整理している。
何冊もある昔の重くて厚いアルバムから、600枚程度を抜き出した。

そんな写真の中で、白黒の写真が新鮮に思えた。
去年の6月にこのブログで紹介した昭和36年発売のカメラ「Canonet初代後期」で
撮影したものと思われる。

20180628054915261.jpg 


下の写真は、1964年昭和39年のオリンピックのために整備された環状七号線である。
たぶん昭和38年ころだと思う。 僕が7歳のころ。

s-環七昭和30年代 


父が買ったばかりのカメラで撮ったものだろう。
左奥に「平和相互銀行」 右奥に「富士銀行」の看板がみえる。
雪印牛乳やパン屋、洋食屋の看板や、銭湯らしき屋根もみえる。

それにして自動車がほとんどない。
横断歩道じゃないところを普通に渡っている人も写っている。
また、空のなんと広いことか!

ただ空気は汚かったはずだ。
公害防止法が施行されたのは昭和43年だから。




[ 2019/04/12 15:15 ] その他 | TB(-) | CM(4)

昭和38年、父親の転勤で私は札幌から福島市に引っ越しました。
父親に連れられて急行列車に乗って初めて東京見物をしたのもその頃でした。
その頃まだ二等車と言っていた固い座席に揺られて当時日本一大きいと
言われていた高島屋を見に行った記憶があります。懐かしいです。
[ 2019/04/14 09:29 ] [ 編集 ]

Oyranさんへ

現職の時の仕事の関係で、全国に知り合いが出来たのですが、
東京に初めて来た時に、どこに行ったかを聞くと「デパート」という答えが
多かったように記憶しています。
「デパートのある繁華街でしょ?」と聞くと「いや、デパート」
今の若い人は、渋谷だったりお台場だったりするのでしょうが、
僕も含めて還暦過ぎの人は、デパートの内装の豪華さ、和洋中なんでもある食堂、
屋上のアトラクション… と、確かにデパートは当時、ワンダーランドだったかも。

今の環七は、沿道にはマンションだらけでノスタルジーは感じられません。
[ 2019/04/14 10:14 ] [ 編集 ]

takeさんのコメントの通り、私達の子どもの頃はデパートはまさにワンダーランドでしたね。
母に連れられて弟と食べる食堂のお子さまランチやパフェは、この上ない御馳走でした。
今でもかけがえのない思い出です!
母と弟と初めて見た映画はサンダ対ガイラでした。その時、ガッパもやっていましたね!
映画館の近くには射的なんかも有って、スマートボールとかアナログな物ばかり!楽しかったな!
おでん屋さんにも良く連れてってもらつたな!
何故か、いろいろ思い出してしまいました。
[ 2019/04/14 17:21 ] [ 編集 ]

強運おやじさんへ

そう食堂のスイーツ。地元ではそんなしゃれたものは食べられなかったので
パフェ、プリン(バナナ)ア・ラ・モード… 結局僕がいつも頼むのは緑色のクリームソーダ^_^
食事はミックスサンドイッチかナポリタン。

母はいつもマカロニグラタン。父はステーキかハンバーグ。妹は…記憶にない。
建材屋で土日なく働いていた両親は、たまの休みにデパートでの買い物、食事が
自分へのご褒美だったのかも知れません。

因みに父に小学5年頃?に連れて行ってもらった映画は「ゴジラ対キングギドラ」と
「エレキの若大将」 父は加山雄三をえらく気に入り、帰宅後「君といつまでも」を
機嫌良く口ずさんでいたのを思い出しました。
[ 2019/04/14 17:46 ] [ 編集 ]

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